はじめに
平成23(2011)年3月の九州新幹線開業,平成24(2012)年度からの政令市移行などを迎える熊本市は大きな変革期にあり,幸山市長の言葉を借りれば,まさに「再デザイン」の真っただ中ということができる。この熊本市の都市デザインにおいて, 2つの大きなプロジェクトがある。一つは,新幹線全線開業を契機に一段落を迎え,次の在来線高架化による全体の完成を目指している熊本駅周辺整備。もう一つは,今まさに始まったばかりの,老朽化した交通センターなどの再開発などを核とする桜町・花畑のまちづくり。幸運にも,筆者は両者にかかわる機会を得た。本稿では,それらを熊本の都市デザインにおける2つの試みとして紹介したい。
熊本駅周辺都市デザイン:仕組みと考え方
熊本駅周辺整備は,新幹線・在来線高架化・区画整理などを含んだ,広さはおよそ63.2ha,事業終了は平成30年という,大規模かつ長期のプロジェクトである。熊本駅は市街中心部からは約3km離れており,商業を中心とした副都心を目指すことは難しい。またそのような開発は,中心市街地に対して負の影響を及ぼしてしまう恐れもある。そこで,熊本駅周辺整備では“パーク・ステーション”というテーマを掲げ,西の花岡山・万日山や東の白川・坪井川といった周辺の水と緑の自然を活かしたまちづくりを進める構想をもった1)。
筆者が当整備にかかわり始めたのは,上記の基本計画に基づいて,都市デザインの指導や事業主間の調整を図る仕組みとして「熊本駅周辺地域都市空間デザイン会議」が設立された,平成18年以降である。
駅周辺整備のように,様々な整備主体が絡み合う複雑な特徴を持つプロジェクトでは,公共と民間,広場と街路,個別の空間と共通のファニチャーやサインなど,さまざまなレベルでデザインの調整を行わなければ,バラバラで特徴のない街並みがつくられる可能性が高い。熊本駅では,マスターアーキテクトなどとは異なるデザイン調整の仕組みを模索した。前述したデザイン会議は,岸井教授(日本大学)を座長とした「都市空間デザイン会議(本会議)」,
建築設計の田中智之(熊本大学准教授),UDサインの原田和典(崇城大学准教授)及び筆者の地元若手教員3人を中心とした「ワーキングシステム(WG)」,事業者や住民と都市空間デザインの考え方を共有するツールである「都市空間デザインガイド2)」の3つで構成されている。この中でも特に重要な仕組みが,平成24年6月現在,正式なWGだけでも98回を数えるWGである。
まずWGでは,“パーク・ステーション”を「駅として使いやすく,公園として居心地良く,街として暮らしやすい,熊本に育まれた文化に根ざした都市空間」と解釈しなおした。つまり,駅周辺全体が,駅として,公園として,そして街として,一体的に快適な空間を作るというものである。
通常,ある地域の全体像を設定する場合,骨格を“軸”や“ランドマーク”,“ゾーン”など,俯瞰的な色分けで表現することが多いが,このような捉え方では,さまざまな機能や空間が融合した魅力的な都市を実現することはできないと考え,私たちは古くて新しい「景」という考え方を提案した。
「景」とは,ひとの目線から捉える空間のまとまりであり,建物や道路,水や緑など全ての空間要素により構成される。そもそも景観に境はなく,その時々において,見ている人と見えているものの間で様々な関係をつくる。「景」においては,公共的な街路も民間的な建物も,全く区別はない。このような捉え方は,さまざまな設計者に対して,街路や広場といった公共空間の設計のみに完結しない,高度な調整を要求する。いわば,計画者や設計者の立場ではなく,利用者の立場で都市をデザインしていこうという宣言なのだと考えても良い。
熊本駅周辺では主要な「景」として,駅前を貫通する「出会の景」,電車通りの「木立の景」,坪井川沿いの「水辺の景」の3つを位置づけている。これらは,重要な場所を示していると同時に,大切にしたい要素(「ひと」「緑」「水」)を表してもいる。なお,詳細は増山らの論文も参照されたい3)。
熊本駅周辺都市デザイン:具体例(木立の景)
次に,「景」というコンセプトがどのような空間を実現したのかということを,「木立の景」の街路デザインを通じて紹介していきたい。
「木立の景」は,駅周辺を線路と平行に南北へ縦断する電車通りに与えられたコンセプトであるが,東口駅広より南側,熊本駅城山線がデザイン調整の対象となった。
城山線は,駅前広場から合同庁舎を結ぶ表通りとなる。延長600mの線形は緩やかに曲がり,片側2車線で歩道幅員は6m,市電が走る電車通りである。ただし,道路中央を市電が走るのではなく,サイドリザベーションという方式によって,西側の歩道沿いに市電が走るのが大きな特徴である。
このような表通りをデザインする場合,ケヤキなどの大木を列植して並木道をつくるのが一般的だろうが,それを立派なものにするためには,真っ直ぐな線形,車両乗り入れなどで途切れない植栽帯,などの条件が必要である。しかし,城山線がそれらの条件を満たしているとは考えづらく,そのやり方ではサイドリザベーションなどの特徴を活かすことはできない。そこで,人の目線から捉えたトータルな空間(「景」)として,全く異なる発想から,街路空間を構想した。まず木立があり,その中を道が通り,建物ができる,というイメージである。具体的には,歩道の有効幅員4mを確保しつつ,異なる樹種をランダムに配置した。クスノキ,ケヤキ,イチョウという大木を主景木として20~30mの間隔で,街路全体に三角形を形成するように配置し,その間を埋めるようにヤマボウシやサルスベリ,モクセイなどの花や香りが楽しい樹種を添景木として配置していった。これは,庭園的な手法を参考にしたもので,人の目線(「景」)の中に,常にさまざまな木立が現れながら,空間に広がりと奥行きを与えることを目指したものである。
現在の「木立の景」は,電車の軌道緑化の効果もあり,欧米でみられるような木立豊かな電車通りの景観を実現している。今後重要なことは,この多様な木立を沿道の民間事業者が引き継ぎ,広げていってくれるかということである。現在のWGでは,民間事業者とのこのような調整にも取り組んでおり,この展開が実現されてはじめて,本来の意味での「木立の景」が完成するだろう。
桜町・花畑周辺地区まちづくり
一方,2011年度より議論が始まったのが,桜町・花畑周辺地区まちづくりである。当地区の歴史を振り返ると,江戸時代には,細川藩主の起居の場であり,後に政務の中心にもなった花畑屋敷があり,明治に入ると鎮西鎮台が置かれ,軍都熊本の中心地であった。大正13(1924)年には,三大事業として「連隊移転」,「上水道施設の整備」,「市営電車の開通」が行われ,熊本市の近代都市化を牽引した。このように,当地区は,それぞれの時代の象徴的・中心的役割を担ってきた場所と位置付けることができよう。
現在,当地区では,老朽化した交通センターの改築を中心とした桜町地区再開発や,産文会館跡地を中心とした花畑地区再開発が議論されており,これらを適切に連携させることによって生み出される新たなにぎわい空間は,熊本市中心市街地の再デザインの核となることが期待されている。
このような状況の中,両再開発に挟まれた道路(通称シンボルロード)を,近年国内に例のない規模で車が通行しない全面的な歩行者空間とし,それに面した民地内のセミパブリック空間と合わせて「人が主役のシンボルプロムナード」と位置づけることにより,市民や観光客が歩くことを楽しめる空間として賑わいの創出や回遊性の向上を図っていくことを目指し,「桜町・花畑周辺地区まちづくりマネジメント基本構想」(2012年3月,蓑茂寿太郎委員長)がまとめられた4)。
当構想の骨子をまとめると,まず,当地区の目指すべき姿を,① 花畑屋敷など歴史・土地の記憶を継承する空間,② お城への眺望を活かしたハレの場・おもてなしの空間,③ 日常的に集える水や緑豊かな空間,④ 交通センターという熊本最大の「駅前」という特性を活かした空間,の4つに整理し,それらを実現するコンセプトとして,「熊本城と庭つづき『まちの大広間』」を掲げている。さらに,利活用とデザイン面の双方から検討することを特徴として,それぞれの理念として,利活用面からは,「車中心から人中心の考え方に転換し、シンボルロードからシンボルプロムナードへの変化に官民協働で取り組み、活力を創造」を,デザイン面からは「熊本城につながる大広間としてのゆるやかな全体性と様々な場面を創り出す多様性の両立」を設定している。シンボルプロムナードは,都市公園法による都市公園や道路法による道路ではなく,条例に基づく「広場」と位置付ける画期的な取り組みも想定しており,熊本駅周辺の成果や反省を活かしながら,新しい取り組みを行っていきたいと考えている。
【参考文献】
1)熊本県・熊本市:熊本駅周辺地域整備基本計画,2005 2) 熊本県・熊本市:熊本駅周辺地域都市空間デザインガイドライン(本編),2007 3) 増山ほか:熊本駅周辺整備における都市デザインの戦略と展開,景観・デザイン研究論文集,No.7,pp13-24,2009 4)熊本市:桜町・花畑周辺地区まちづくりマネジメント基本構想,2012
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