1.眺望の歴史的成立過程

(1)地勢地形(阿蘇方面に開けた古金峰の裾野)

古金峰の南側裾野が東西方向の断層活動により切り取られ点在する丘陵地(立田山、茶臼山、花岡山・万日山、独鈷山、城山)。熊本城は、その茶臼山東南側を旧白川・坪井川が侵食した一角に位置する平山城で、阿蘇・菊池や薩摩方面に開けた視界を持つ。



(2)400~300年前(戦国大名の防衛統治拠点)



・天守閣による町の高さの象徴的規範の出現

・茶臼山を囲む石垣群による要塞景観の出現

・治水と城下町の建設による町並みの成立旧市街地の形成

(3)135~67~53年前(軍都熊本の拠点⇒復興へ)

・西南戦争による城郭喪失(最後の内戦の激戦地)

・夏目漱石が旧制五高着任時、「森の都」と称す

・東山魁夷を感涙させた市街地と山並みへの眺望

・戦災・水害からの復興と東部方面への市街化

(4)52~25年前(眺望視点場の成立と受難の時代)

・熊本城天守閣の出現(1960―S35)多額の寄付



・中心市街地に隣接する熊本城域

・熊本城近くへの高層建築物の出現(S51~56)

・眺望と建築物の高さ論戦開始(S56熊本市庁舎)

 

2.眺望保全の端緒的取組み

(1)都市景観基本計画の策定(S63.3月)

・市民アンケート調査(S60.10.)

熊本市で美しいと思う景観(複数回答)

熊本城(79%)、水前寺公園(62%)、金峰山及び西山(24%)、電車通り(21%)、江津湖(19%)、立田山(16%)、中心部(14%)、

学識者及び庁内で組織的に調査研究

・啓発イベント(熊本まちなみフェスティバル)

・都市景観形成の基本理念

景観は都市イメージを形成し、都市の活性化の相乗効果をもたらす。景観は共有財産であり、景観形成は市民参加で取組む。

・熊本城周辺地域など四つの重点地域で、景観の保全、整備の方針を明示。



天守閣からほぼ1kmのデザインを識別できる範囲で天守閣からの眺望を損なわないようにする。遠望の山並みへの景観の継承や熊本城への眺望を阻害しないような風格ある沿道景観の形成、熊本城域への見通しや縁辺部(バッファゾーン)での圧迫感のない景観形成など。

(2)都市景観条例の制定と運用

・基本計画の内容を実現するために条例による手段が必要との都市景観研究会の提言を受け、条例制定作業に着手。

・平成元年8月には日本建築学会と共催で「史跡をいかしたまちづくり」シンポジウムを開催。

・平成元年10月熊本市都市景観条例制定。

平成2年2月から都市景観審議会を軸に大規模建築物等の指導根拠となる指針の策定に着手。

・平成3年 大規模建築物等景観形成指針(熊本城周辺地域特別指針―海抜50m指針)も策定

同年、都市景観条例に基づく届出を開始

 

3.条例制定前後の審議会の論議と「指針」の性格

(1)届出制度の意義:都市機能充実と誇れる景観を後世に残すという課題の接点を見出す作業であり、数字とか細部の議論に陥らず景観を共通言語として市民ぐるみの議論を起こす努力をすべき。

(2)指針の意義:計画的都市整備のための一つの歯止めである。権利規制ではなく、まちづくりの目安であり、運動指針的にとらえる必要がある。

(3)指針の内容:

・熊本城は歴史的な象徴としてのみならず、視覚的なランドマークとして極めて重要。

・月見櫓、本丸から周辺の市街地や遠景の山々への眺望、城と市街地の調和ある配置が大切。

・特に、城域のすぐ近くに衝立のように高層ビルが取り囲むことは避けたい。

・熊本城からの眺望は方角によって条件が異なる。

・熊本城からの距離によって建物の高さによる景観への影響は少なくなる。

(4)熊本市大規模建築物等景観形成指針(前文略)

「対象地区内の建築物等の最高高さは、熊本城本丸の石垣の高さを超えないようにすること。特に、城域に近接する建物等にあっては城内の石垣や樹木との調和に十分配慮すること。」海抜50m指針

 

4.指針運用をめぐる論点と再構築過程

(1)海抜50m指針の「弾力的運用」対「厳格」

◆平成3年第3回定例会「再開発には指針の弾力的運用を」

○平成4~5年 審議会で指針について再度議論

「経済活動を保障しつつ、城が見える場所は厳格に、その他は弾力的に」「弾力的運用では規範的意味が失せる」「場所ごとに指針の意味を具体的に考え運用を発展させるべき」「市街地から城への眺望保全は審議会の総意ではない」「城から見てどこまで見えるべきかの議論を」「抽象論でなく、具体的意味について合意を」

○平成6年 審議会で具体事例への適用を審議

「京町台地で緩和取扱を了承」「建物塔屋は高さに不算入を了承」

◆平成6年第2回定例会「土地の高度利用が必要な場所では弾力的運用を」

○熊本城域東側隣接地の民間公益的再開発計画

景観審議会2回、専門委員会1回を開催

「海抜50mを超える場合の判断基準が必要」「高さはフェアであるべきで融通はきかない」「総合的に考え、景観上良いと判断できればよい」「前例を積み重ねて条例を運用するのが発足時の同意」「協議の場を設けるのが条例の趣旨」

平成6年10月に計画(海抜56.0m)を了承

◆第2回定例会「指針を6m超えている。市が指導すべき」⇒計画修正で眺望等には影響が少ない。

○手取本町市街地再開発(平成7~8年)

「再開発ボーナス容積の結果、指針を超えるのは問題」「指針見直しも検討する必要」「条例趣旨は、協議の場をつくること。一律の高さ基準になっている。」8年5月再検討案(海抜73.8m)を了承

○上通市街地再開発(平成9~10年)

「市参加事業であり、指針を守るべき」「指針の今後のあり方を再度審議会で議論すべき」

高さの抑制。高層部の向きの検討。本館の保存の3点を準備組合に要望。10年4月、2層下げた変更案(海抜73.3m)を了承。

◆平成10年第1回定例会「市参加事業が指針を超えるべきではない」

◆平成10年第1回定例会「再開発推進のため指針の見直しが必要。水道町~市役所間の規制撤廃」

☆平成11年 熊本城周辺地区が都市景観大賞受賞

(2)指針の一部変更と地域別取扱い(目的詳細化)

「対象地区内の建築物等の最高の高さは、熊本城本丸の石垣の高さを超えないようにするなど、眺望景観への配慮(注)を行うこと

(注)熊本城本丸の石垣の高さ(海抜50m)を超えない建築物等は、高さに関して、眺望景観を阻害しないものとして扱っているが、旧熊本城域内については本丸の石垣の高さを超えない場合でもお城への眺望をさまたげる時、指導を行うことがある。

また、本丸石垣の高さを超える建築物等でも、地形や距離、又は、周辺の既存建築物によって、眺望景観への影響が小さい場合もある。





























地区 地区別の配慮事項

北部を除く全域


・熊本城の緑と天守閣への眺望を保全するため、建築物等は、熊本城の緑への眺望を阻害しない高さとするよう努める。・天守閣から眺望した場合、山脈への眺
望を保全するため、建築物等の高さは、市街地が形づくるライン内に収まるよう努める。

東部


・本丸広場から眺望した場合、東部の山脈の連続性を妨げないため、建築物等の高さは、山の中腹までの高さとするよう努める。

北部(京町台地)


・建物の高さは、周囲の街並みの高さと調和するよう努める。

旧城域及直近


・お城や石垣への眺望を妨げないよう努める。(海抜50m以下でも)

 

配慮事項1

ランドマークとしての熊本城への眺望を確保するため、立田山や本妙寺などの眺望点からお城を望んだ場合、市のシンボル熊本城との緑への眺望を阻害しない。(海抜約55m)



配慮事項2

熊本城からの眺望のうち、天守閣展望所からの良好な眺望を確保するため、山並みへの眺望を遮らないように市街地が形づくるラインの下に収まるか。



配慮事項3-(1)

熊本城からの眺望のうち、熊本城本丸前広場からの良好な眺望景観を確保するため、東部方向では、背景の山並みの連続性を遮らないよう配慮する。



京町台地は、その地形の特殊性(海抜30~37m)を考慮し、街並みとの調和や熊本城のシンボル性の保全に努めるものとする。山の稜線等の具体的な地形上の適当な基準がないため、既存建物を超えない高さとして、60m~63m程度を目安とする。



配慮事項4

旧城域及びその直近では、眺望点からの視界を確保できるように建物の高さに配慮するとともに、建物の配置、上層階のセットバック等の工夫により視界が守られるよう努める。

(3)指針の協議促進機能の劣化

○上通り共同住宅等(平成15年)

審議会、専門員会で変更案(海抜56.0m)了承

○都市景観審議会と屋外広告物審議会を合併

(審議会委員の再任は8年という規定により、条例、指針制定時の委員が退任)

○共同住宅、ホテル、事務所(平成17、18年)

四つの事例について審議会に諮問し、指導するが高さについては指導に従わず。審議会から指導力の強化(指針の基準化)を求められる。

◆平成19年第1回定例会「マンション紛争に関連し、景観条例の見直しを指摘」

◆平成21年第3回定例会「市が推進する再開発で自ら基準を超えた」

 

5.景観法への移行

(1)景観法にもとづく景観計画策定と条例改正

■平成19年 市民アンケート実施

☆守り、育てるべき重要な場所として、①「熊本駅周辺(72.4%)」、②「熊本城周辺」(66.4%)、③「江津湖周辺(51.7%)」、④「水前寺周辺(38.4%)」、⑤「電車通り沿い(37.9%)」、⑥「中心市街地(29.3%)」、⑦「白川沿(26.4%)」

☆熊本城周辺の建築物等の高さ規制について

①「現行どおりでよい(65%超)」②「現行より厳しく制限すべき(26.1%)

○景観審議会を4回、専門委員会9回開催。

(答申)計画区域及び景観形成の方針、行為制限に関することなど現在の条例、景観形成指針を引継ぎ、基準の数値化、色彩基準の導入等検討



■景観計画策定、条例改正の取組み

平成21年6月 議会に条例案及び景観計画案報告

平成21年6月末~7月末 パブリックコメント

平成21年8月 都市計画審議会の意見聴取

平成21年9月 熊本市都市景観条例の全部改正

平成21年12月  景観条例施行規則改正

平成22年1月 景観条例施行、景観計画の運用

(2)景観法移行とその効果

新条例では、それまで旧条例が持っていた理念の部分は削除され、景観法で条例に委任することと規定された事項が定められた。

旧条例による大規模建築物等の届出制度はそのまま、景観法第16条に根拠を持つ制度として存続させ、熊本城周辺の眺望保全の指針は、景観法第8条の景観計画の中の行為の制限に関する「景観形成基準」として、この基準に適合しない場合には、景観法にもとづき、勧告や変更命令もできることとなった。

本市独自の規定として、届出に先立つ技術的助言の求めに対し、市長が必要に応じ審議会の意見を聴き、助言を行うことが出来るよう定めている。一方、法の規定で勧告を受けた者が正当な理由なく従わない場合の氏名公表の規定も設けている。

前向きの努力には、協議や議論で十分に応え、経済的な利得を優先する建築行為で眺望を損なおうとする者には、厳格に対応しようというものである。

これらの取組みの結果、①国、公共団体についても通知が必要となり協議の場ができた。②高さ基準の数値化により、これまで超えた計画はない。③色彩基準もマンセル値で数値化し、これに反する事例はない。以上の成果が既に現れている。

また、景観計画のなかの屋外広告物の行為の制限に関する基準でも、「指針」を引継ぎ、熊本城周辺地域における煙突状の屋外広告は掲出せず建築物本体との一体的なデザインとするほか、屋上広告の掲出の海抜高さを建築物と同じ数値基準としている。

旧都市景観条例施行の平成3年から22年までの18年間、「協議や議論の場を設けることで、本市の都市景観向上のための共通の価値観と具体的な手法を積み上げていこうという主旨」にもとづき、長期間の協議や議論の積み重ねを十分に行ったことで、熊本城の眺望保全の明確な方向性が、景観計画の景観形成基準に結実したといえる。この成果を生かしこれからも条例独自の規定で法を補完することで、引き続き協議や議論の場を確保していく必要がある。

景観法により、本市独自の熊本城の眺望保全方針が法的枠組みを保障された。今後とも、市民の景観保全に対するニーズや評価に依拠し、審議会等、専門的見地からの英知も集めながら、地道な取組みを続けていくことで確実な効果が期待できると考えている。

 

6.眺望保全の効果の活用

現在、天守閣から金峰山及び西山方面を眺めると共同住宅がほぼ同じ高さで建ち並んでその上に山の緑を眺めることが出来る。

東部方面を眺めれば大きく拡がる市街地とその背景となる阿蘇の山々の連なりが眺望できる。



熊本商工会議所が市内の観光施設14箇所で昨年行った観光客調査でも、379人の回答のうち、91.6%が滞在に満足し、項目別の満足度評価でも①「自然景観や雰囲気(81.6%)」②「街並みの景観や雰囲気(77.8%)」の高評価を得ている。

観光の基盤ともなる上空の眺望の良さを守りつつ、復元整備が進む熊本城域のもてなし空間と中心商店街との回遊性を創造する取り組みも進んでいる。

熊本城域の南西部、旧城下町の新町・古町では、今年度から「城下町の風情を感じられる町並みづくり」事業により、伝統様式で建てられた町屋の改修や町並み協定を結んだ通りでは一般建造物の修景に対し、工事費の一部を助成する制度の運用を始めており、既に8件の申請を採択した。



熊本城を眺望できる代表的な通りであるシンボルロード(プロムナード)では、歩行者空間化し、お城から城下町へと人の流れを高め、憩い・集いたくなるような街づくりを目指している。

お城への眺望を活かしたおもてなしの空間を目指すべき姿としており、熊本城への眺望の確保のため、建物の壁面のセットバックなど地域ルールの制定を提案している。

 

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